亀有香取神社
香取神社(亀有香取神社)は、東京都葛飾区亀有にある神社です。由来は鎌倉時代の建治2年(1276年)とされ、当時この地(下総国葛西御厨・亀無村)が香取大神宮(香取神宮)の神領地だったことから、その御分霊(経津主大神)を勧請して村の鎮守として祀ったのが始まりと記されています。その後、鹿島大神(武甕槌大神)と息栖大神(岐大神)も合わせて祀り、東国三社の三社明神として地域を守る存在になりました。現在も地域の神社として親しまれています。
これまで訪問した神社仏閣を整理しました。
香取神社(亀有香取神社)は、東京都葛飾区亀有にある神社です。由来は鎌倉時代の建治2年(1276年)とされ、当時この地(下総国葛西御厨・亀無村)が香取大神宮(香取神宮)の神領地だったことから、その御分霊(経津主大神)を勧請して村の鎮守として祀ったのが始まりと記されています。その後、鹿島大神(武甕槌大神)と息栖大神(岐大神)も合わせて祀り、東国三社の三社明神として地域を守る存在になりました。現在も地域の神社として親しまれています。
大鳥神社(おおとりじんじゃ)は、東京都目黒区下目黒に鎮座する神社で、かつての目黒村(旧・下目黒村)の総鎮守として信仰を集めてきた、目黒区最古の神社とされます。11月に行われる「酉の市」でも広く知られます。由緒として、日本武尊が部下の目の病の平癒を祈願し、無事に治ったことから「盲神(めくらがみ)」と呼ばれ、この「めくら」が転じて「目黒」という地名の由来になったとも伝えられています。
金王八幡宮(こんのうはちまんぐう)は、東京都渋谷区渋谷に鎮座する八幡神社で、旧社格は郷社。主祭神は応神天皇で、別名「渋谷八幡」とも呼ばれます。社伝では寛治6年(1092年)に平武綱が創建し、のちに渋谷重家が渋谷城(現在地周辺)を築いて渋谷氏の祖となったと伝承されます。江戸時代には徳川将軍家の信仰を受け、春日局や青山忠俊が神門・社殿を造営したともいわれ、当時は隣接の東福寺が別当寺でした。「金王」の名は、重家の嫡男・常光が祈願して金剛夜叉明王の化身として生まれ「金王丸」と称した故事に由来するとされます。境内には慶長17年(1612年)造営の社殿や、江戸の郊外三銘木に数えられた「金王桜」などがあり、区指定文化財・天然記念物になっています。
代々木八幡宮(よよぎはちまんぐう)は、東京都渋谷区代々木に鎮座する神社で、旧社格は村社。主祭神は応神天皇で、天照大神(天祖社)と白山大神(白山社)を配祀します。創建は建暦2年(1212年)とされ、源頼家の近習の家人だった荒井外記智明が、八幡大神の託宣を受けて元八幡の地に小祠を建て、鶴岡八幡宮から勧請したのが始まりと伝えられます。例祭は9月23日。1950年の発掘で縄文時代の住居跡などが見つかり、復元した竪穴建物があり「代々木八幡遺跡」として渋谷区史跡に指定。境内には稲荷社・榛名社・天神社などもあり、絵馬や囃子、もちつき唄など区指定の文化財も伝わります。
満願寺(まんがんじ)は、東京都世田谷区等々力にある真言宗智山派の寺院で、正式名は「致航山感應院滿願寺」。伝承では平安時代末期の創建とされ、文明2年(1470年)に吉良氏の祈願寺として世田谷城の出城・兎々呂城(等々力)に再興されたという。天文年間に現在地へ移転し、江戸時代には寺領13石の朱印を受け、山号を「医王山」から「致航山」へ改め、本尊も薬師如来から金剛界大日如来へとした。境内には「一言祈願」で知られる一言地蔵尊が安置され、四季の花を楽しめる瑠璃光院などもある。伽藍は山門から本堂、庫裡、講堂が配され、本堂右奥には1990年落成の大塔が建つ。文化財として細井広沢の墓(国史跡)を有し、扁額も広沢親子の筆による。別院には関東三十六不動霊場第17番の等々力不動尊(瀧轟山明王院)があり、等々力渓谷に隣接する。
大宮八幡宮(おおみやはちまんぐう)は、東京都杉並区大宮に鎮座する八幡宮で、主祭神は八幡大神(応神天皇)・仲哀天皇・神功皇后。古くは「武蔵國三大宮」の一つとして「多摩の大宮」とも称され、近年は「東京のへそ」や子育て・厄除けの神社として親しまれています。境内周辺では弥生時代の祭祀遺跡が見つかったとされ、当地が古くから聖域だったことをうかがわせます。例祭や季節の祭事も行われ、地域の信仰の中心となっています。
品川神社(東京都品川区北品川)は、元准勅祭社で東京十社の一つ。主祭神は天比理乃咩命・素盞嗚尊・宇賀之売命。文治3年(1187)に源頼朝が安房国の洲崎神社から天比理乃咩命を勧請し、海上交通安全と祈願成就の守護神として祀ったのが起源。鎌倉末に二階堂道蘊が稲荷神(宇賀之売命)を、室町中期に太田道灌が天王神(素盞嗚尊)を加えて三柱となった。慶長5年(1600)には徳川家康が関ヶ原出陣前に戦勝祈願し、以後徳川家の厚い庇護を受け、社紋も三つ葉葵に定められた。境内入口の双龍鳥居や富士塚「品川富士」などでも知られる。
王子神社(おうじじんじゃ)は、東京都北区王子本町にある神社で、旧称は王子権現。地名「王子」の由来ともされます。主祭神は「王子大神」と総称される伊弉諾命・伊弉冉命・天照大御神・速玉男命・事解男命。創建年代は不詳ですが、平安時代(康平年間)に源義家が奥州征伐の際に祈願し甲冑を奉納した記録があるとされます。鎌倉末期の1322年に当地領主の豊島氏が社殿を再興し、熊野新宮の浜王子から若一王子宮を勧請して「王子神社」となりました。明治初期に准勅祭社となり、1945年の戦災で焼失後、1964年・1982年の造営で社殿を再建。例祭(8月中旬)では北区の無形民俗文化財「田楽舞」が奉納されます。
總持寺(そうじじ/西新井大師)は、東京都足立区西新井にある真言宗豊山派の大本山で、正式には「五智山 遍照院 總持寺」。伝承では弘法大師・空海が天長3年(826年)に十一面観音(本尊)を刻んで開いたとされ、古くから「関東の高野山」とも呼ばれます。川崎大師などと並ぶ「関東三大師」の一つで、正月の参拝客で賑わい、毎月21日には縁日が開かれます。江戸中期建立の本堂は1966年に火災で焼失しましたが本尊は難を逃れ、1971年に再建。都内唯一の栄螺堂(旧・三匝堂)や、塩をかけて祈る「塩地蔵」、加持水の井戸なども知られます。