神社仏閣一覧

これまで訪問した神社仏閣を整理しました。

東京

深大寺

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深大寺(東京都調布市)は、天台宗別格本山(山号:浮岳山)の古刹で、733年(天平5年)に満功上人が法相宗寺院として開いたと伝わります。寺名は玄奘三蔵を守護した水神「深沙大王」に由来するとされ、859年に天台宗へ改宗。江戸期に2度の火災で堂宇の多くを失い、現在の本堂は大正期の再建です。本尊は宝冠阿弥陀如来で、秘仏の元三大師(鬼大師)信仰や節分会でも知られます。隣接の神代植物公園は旧寺領で、湧水に恵まれ「深大寺だるま市」(日本三大だるま市の一つ)でも有名。国宝の銅造釈迦如来倚像や、1376年銘の梵鐘(重文)など文化財も伝えます。

東京

豊川稲荷東京別院

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豊川稲荷東京別院は、東京都港区元赤坂にある曹洞宗寺院で、愛知県豊川市の豊川稲荷(妙厳寺)の唯一の直轄別院(飛び地境内)です。文政11年(1828年)、大岡忠相が豊川稲荷から吒枳尼天を勧請して屋敷稲荷として祀った信仰を背景に、信徒の要望で江戸参詣所が建立されたのが創建とされます。明治9年の布達で一時一般参拝が制限されるなど曲折を経て、明治20年(1887年)に手狭となった旧地から現在地へ移転しました。立身出世や盗難避け、失し物などのご利益で評判となり、初詣・節分会・初午祭や、正月・5月・9月の22日の大祭など年中行事も行われます。

三重

伊勢神宮

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伊勢神宮(正式名「神宮」)は、三重県伊勢市にある日本を代表する神社で、「お伊勢さん」「大神宮さん」とも呼ばれます。中心となる正宮は、天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮(内宮)と、豊受大御神を祀る豊受大神宮(外宮)の二つ。広くは別宮・摂社・末社・所管社を含む計125の社宮を総称して「神宮」といい、三重県内に分布します。建築は古代様式の神明造(唯一神明造)を受け継ぎ、20年ごとに式年遷宮が行われます。皇室・朝廷との結びつきも深く、歴史的に国家的な祭祀の中心として位置づけられてきました。

東京

大國魂神社

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大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)は、東京都府中市に鎮座する武蔵国の総社で、別名「六所宮」。主祭神は大國魂大神(大国主神と同神とされる)で、武蔵国の一之宮から六之宮まで(武州六社明神)を合わせ祀るのが特徴です。創建は景行天皇41年(111年)5月5日と伝わり、古代には国府近くに国内の神々を合祀して祭祀を簡便化した「総社」の役割を担いました。境内は旧武蔵国府跡に隣接し、多くの社殿や文化財を伝え、参道の馬場大門のケヤキ並木は国の天然記念物。例大祭は「くらやみ祭」(4/30〜5/6、例祭日5/5)として知られ、東京都指定無形民俗文化財にも指定されています。

東京

花園神社

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はなぞのじんじゃ)は、東京都新宿区新宿にある神社で、旧社格は郷社。倉稲魂命(花園神社)・日本武尊(大鳥神社)・受持神(雷電神社)の三柱を祀り、新宿の街の中心で「新宿総鎮守」として信仰を集めます。創建の詳しい由緒は不明ですが、1590年に徳川家康が江戸へ入った時点で既に存在し、吉野山から勧請されたと伝えられます。寛政年間に現在地へ遷座し、花が多く咲く地だったことから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになりました。近代には雷電稲荷神社や末社を合祀し、1965年の社殿改築時に大鳥神社も合祀して社名を「花園神社」に改称。境内では祭事や催しも行われ、酉の市でも知られます。

東京

靖国神社

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靖国神社(やすくにじんじゃ)は、東京都千代田区九段北にある神社で、招魂社を起源とし、1853年(嘉永6年)以降の国事に殉難した人々の霊、約246万6千余柱を祀るとされています。祭神は「みたま」と呼ばれ、表記には「神霊」の字が用いられます。明治以降の日本の戦争・内戦に関わる戦没者を中心に祀る性格を持ち、社殿のほか境内には関連施設として遊就館(資料館)も置かれています。

東京

高尾山薬王院

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高尾山薬王院(正式名:高尾山薬王院有喜寺)は、東京都八王子市の高尾山にある真言宗智山派の寺院で、関東三大本山の一つ。創建は天平16年(744)に行基が開山したと伝わり、当初は薬師如来を本尊としたことが「薬王院」の名の由来。南北朝時代の永和年間(1375〜1379)に俊源が入山し、飯縄権現を守護神として奉祀して以降、飯縄信仰の霊山として栄え、修験道の道場としても知られる。参道のスギ並木は「八王子八十八景」に選ばれている。

千葉

麻賀多神社

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麻賀多神社(まかたじんじゃ)は、千葉県成田市台方にある式内社で、印旛郡市に18社ある「麻賀多十八社」の総本社です。主祭神は和久産巣日神で、成田市船形にある奥宮(手黒社)では稚日霊命を祀ります。社伝では、景行天皇42年(113年)に日本武尊が当地で伊勢の大神を遥拝したことを起源とし、のちに印旛国造・伊都許利命が船形に社殿を整え、さらに推古天皇16年(608年)に台方へ遷座して本宮・奥宮の形が成立したと伝わります。延喜式神名帳への記載時に「真賀多真」から「真賀多神社」へ改称し、麻の産地であったことから現在の社名になったとされます。境内の社叢は県指定天然記念物で、「公津の大杉」などの巨木でも知られます。

神奈川

野毛山不動尊 横浜成田山

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成田山横浜別院延命院(通称:野毛山不動尊/横浜成田山)は、神奈川県横浜市西区宮崎町にある真言宗智山派の寺院で、成田山新勝寺の横浜別院。 1870年(明治3年)、開港後の横浜に成田不動尊信仰者が多かったことを背景に、高島易断で知られる高島嘉右衛門の協力で普門院境内に遥拝所を設けたのが始まり。1876年に現在地へ移転し、1893年に「延命院」となった。 寺号は、七代目市川團十郎ゆかりの新勝寺境内の延命院にちなむ。本尊は不動明王で、本堂内で拝観できる。2014年に台風18号の土砂崩れで仮本堂が一部倒壊し僧侶が死亡、2015年に新本堂が完成。2020年に開創150年を迎えた。