関東の神社仏閣一覧

東京

築地本願寺

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築地本願寺は、東京都中央区築地にある浄土真宗本願寺派の寺院で、京都・西本願寺の直轄寺院。1617年に江戸・横山町(浜町付近)へ別院として建立されたが、明暦の大火で焼失し、幕府の区画整理で旧地再建ができず、八丁堀沖を埋め立てて1679年に再建した。この埋立地が「築地」の地名の由来。関東大震災後の火災で再び伽藍を失い、1934年に伊東忠太設計の鉄筋コンクリート造・インド風意匠の本堂が完成し、重要文化財に指定されている。2012年に正式名を「築地本願寺」とし、2017年にはカフェ等を含むインフォメーションセンターや合同墓を開設するなど、開かれた寺院づくりも進めている。

東京

成子天神社

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成子天神社(なるこてんじんしゃ)は、東京都新宿区西新宿にある天神社で、主祭神は菅原道真。創建は延喜3年(903年)で、道真の死を嘆いた家臣が大宰府から像を持ち帰って祀ったのが始まりと伝わります。鎌倉時代には源頼朝が社殿を造営し、江戸期には春日局の勧請もあったとされます。火災や空襲で焼失を経験し、1966年に社殿を再建、2013年には境内にマンションと神社施設を一体で整備。境内の富士塚「成子富士」(約12m、1920年築)は新宿区最大規模で区指定文化財。例祭は9月25日。

東京

田無神社

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田無神社(たなしじんじゃ)は、東京都西東京市田無町に鎮座する神社。鎌倉後期の正応年間(1288〜1293)に、田無北部の谷戸・宮山で「尉殿大権現」として創建され、級長津彦命・級戸辺命(風の神)を祀ったのが始まりと伝わります。江戸初期の街道整備と田無宿の成立に伴い、1646年に現在地へ分祀、1670年に本宮も遷座。明治5年(1872)に熊野社・八幡社を合祀して社名を田無神社と改め、大国主命を主祭神として祀り、のちに町内の小社も合祀しました。例大祭は10月第2土日。本殿・拝殿は東京都指定文化財で、震災(2011)で鳥居倒壊などの被害も受けています。

東京

亀有香取神社

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香取神社(亀有香取神社)は、東京都葛飾区亀有にある神社です。由来は鎌倉時代の建治2年(1276年)とされ、当時この地(下総国葛西御厨・亀無村)が香取大神宮(香取神宮)の神領地だったことから、その御分霊(経津主大神)を勧請して村の鎮守として祀ったのが始まりと記されています。その後、鹿島大神(武甕槌大神)と息栖大神(岐大神)も合わせて祀り、東国三社の三社明神として地域を守る存在になりました。現在も地域の神社として親しまれています。

東京

大鳥神社

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大鳥神社(おおとりじんじゃ)は、東京都目黒区下目黒に鎮座する神社で、かつての目黒村(旧・下目黒村)の総鎮守として信仰を集めてきた、目黒区最古の神社とされます。11月に行われる「酉の市」でも広く知られます。由緒として、日本武尊が部下の目の病の平癒を祈願し、無事に治ったことから「盲神(めくらがみ)」と呼ばれ、この「めくら」が転じて「目黒」という地名の由来になったとも伝えられています。

東京

金王八幡宮

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金王八幡宮(こんのうはちまんぐう)は、東京都渋谷区渋谷に鎮座する八幡神社で、旧社格は郷社。主祭神は応神天皇で、別名「渋谷八幡」とも呼ばれます。社伝では寛治6年(1092年)に平武綱が創建し、のちに渋谷重家が渋谷城(現在地周辺)を築いて渋谷氏の祖となったと伝承されます。江戸時代には徳川将軍家の信仰を受け、春日局や青山忠俊が神門・社殿を造営したともいわれ、当時は隣接の東福寺が別当寺でした。「金王」の名は、重家の嫡男・常光が祈願して金剛夜叉明王の化身として生まれ「金王丸」と称した故事に由来するとされます。境内には慶長17年(1612年)造営の社殿や、江戸の郊外三銘木に数えられた「金王桜」などがあり、区指定文化財・天然記念物になっています。

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代々木八幡宮

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代々木八幡宮(よよぎはちまんぐう)は、東京都渋谷区代々木に鎮座する神社で、旧社格は村社。主祭神は応神天皇で、天照大神(天祖社)と白山大神(白山社)を配祀します。創建は建暦2年(1212年)とされ、源頼家の近習の家人だった荒井外記智明が、八幡大神の託宣を受けて元八幡の地に小祠を建て、鶴岡八幡宮から勧請したのが始まりと伝えられます。例祭は9月23日。1950年の発掘で縄文時代の住居跡などが見つかり、復元した竪穴建物があり「代々木八幡遺跡」として渋谷区史跡に指定。境内には稲荷社・榛名社・天神社などもあり、絵馬や囃子、もちつき唄など区指定の文化財も伝わります。

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等々力不動尊

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満願寺(まんがんじ)は、東京都世田谷区等々力にある真言宗智山派の寺院で、正式名は「致航山感應院滿願寺」。伝承では平安時代末期の創建とされ、文明2年(1470年)に吉良氏の祈願寺として世田谷城の出城・兎々呂城(等々力)に再興されたという。天文年間に現在地へ移転し、江戸時代には寺領13石の朱印を受け、山号を「医王山」から「致航山」へ改め、本尊も薬師如来から金剛界大日如来へとした。境内には「一言祈願」で知られる一言地蔵尊が安置され、四季の花を楽しめる瑠璃光院などもある。伽藍は山門から本堂、庫裡、講堂が配され、本堂右奥には1990年落成の大塔が建つ。文化財として細井広沢の墓(国史跡)を有し、扁額も広沢親子の筆による。別院には関東三十六不動霊場第17番の等々力不動尊(瀧轟山明王院)があり、等々力渓谷に隣接する。

東京

大宮八幡宮

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大宮八幡宮(おおみやはちまんぐう)は、東京都杉並区大宮に鎮座する八幡宮で、主祭神は八幡大神(応神天皇)・仲哀天皇・神功皇后。古くは「武蔵國三大宮」の一つとして「多摩の大宮」とも称され、近年は「東京のへそ」や子育て・厄除けの神社として親しまれています。境内周辺では弥生時代の祭祀遺跡が見つかったとされ、当地が古くから聖域だったことをうかがわせます。例祭や季節の祭事も行われ、地域の信仰の中心となっています。